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聖ドミニコ女子修道会

日本における本会の創立

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 「聖ドミニコ女子修道会」として統合されるより前にフランスのナンシイ・モルトフォンテンヌに本部のあった女子ドミニコ会が来日したのは1931年のことでした。その頃既に函館教区(現在の仙台教区)を司牧しておられたカナダ管区のドミニコ会の神父様方の要請に応えてのことでした。フランス人の会員3名が大西洋を渡ってアメリカ人、カナダ人の各1名と合流し、長い船旅の後10月初めに仙台に到着し、角五郎丁の教会の境内地に落ち着きました。
 粗末な建物の修道院でしたが、布教熱に燃えた若い5人は美しく聖堂を飾り、敬虔に聖務日課を誦(とな)え、来日2ヶ月後には近所の学童たちを相手にたどたどしい日本語でローマ字やキリスト教要理を教え始めました。海外からの会員が増加する一方、日本人の志願者も入会するようになり、1936年には最初の4人の邦人姉妹の初誓願式が行われました。
 1941年、戦争が始まると同時に、アメリカ人カナダ人の姉妹たちは収容所生活を余儀なくされ、残った姉妹たちは憲兵や特高課の激しい監視の下に生活しなければなりませんでした。資金の凍結、物資不足、病人の続出等、4年の間姉妹たちは、悲惨な状態を祈りと忍耐をもって耐えねばなりませんでした。既に2度の火災にあっていた修道院は1945年の仙台大空襲の時に全焼してしまいました。
 しかし、摂理は姉妹たちをお見捨てになることなく、終戦後修道院は再建され、更に北仙台、東京、京都にも修道院が設立され、召命も増加していきました。そして1966年には日本管区が設立されるに至りました。
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聖ドミニコ女子修道会

会の発祥・沿革

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 聖ドミニコ(1171〜1221)は自らの体験により、神の真理の擁護、神のみこたばの正確な伝達のため、祈りと勉学と貧しさの中に生きる共同体、神のみことばの説教と人々の救いを目指しす福音的共同生活を営む新しい修道会の必要を痛感し、「説教者兄弟会(聖ドミニコ会)」を創立しました。会としての正式の認可を受けたのは1216年でした。
 これより先、ドミニコは1206年、神にのみ専心し、聖なる説教に従事する兄弟たちを祈りと苦行によによって助ける女子の観想修道院をフランスのプルイユに創立しました。観想こそ宣教活動の源泉であると考えたからでした。ドミニコのカリスマは時の流れに沿ってさまざまの女子会員の共同生活―観想修道院(第二会)、第三会の使徒的修道会(修道会と在俗会)を生み出しました。
 フランスにも多くのドミニコ会がありましたが、フランス革命の後、1850年頃、ラコルデール師によって男子ドミニコ会が再興されると共に、女子修道会も再興されていきました。その中の五つの女子ドミニコ会が1956年から57年にかけて自発的に統合して「聖ドミニコのローマ女子修道会」創立されました。これが私共の修道会です。日本では「ローマ」をとって「聖ドミニコ女子修道会」と称しております。

プロフィール

聖ドミニコ女子修道会

Author:聖ドミニコ女子修道会
長い歴史があるキリスト教カトリックの女子修道会です。日本では、学校や幼稚園、児童養護施設でキリスト教に基づく教育をしています。また、教会、病院、黙想の家、その他でも<みことば>を伝えています。

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