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聖ドミニコとはどんな方?

「聖ドミニコとはどんな方?」 1、シスター武田教子

ドミニコ 2


聖ドミニコは西暦1170年か71年、スペインのカレルエガという村に生まれました。父のグスマンのフェリクスも、母のアザのヨハンナも共に小さなお城を構えた小貴族でしたが、カレルエガはアザ家の所領でした。深い信仰を持った家族で、叔父のひとりは司祭でした。そしてドミニコだけではなく、ドミニコのふたりの兄弟、アントニオとマンネス、及び彼の姉妹の息子ふたりも司祭になり、兄のアントニオを除く全員が、ドミニコが創立した説教者兄弟会の会員となりました。

生前からドミニコの名はよく知られていたにもかかわらず、ドミニコについての逸話は列聖調査の証言(聖ドミニコを教会全体の模範として示すために、ローマの教皇庁によって行われた公式調査での証言)以外殆どありません。『聖ドミニコがローマで行った不思議な業』と題する小編は、稀な記録のひとつで、ドミニコに出会った当時は17歳であったセシリア修道女(註1)が老年になって語ったことを、もうひとりの修道女が書きとめたものです。

最も貴重な記録は、ドミニコの後を継いで、説教者兄弟会(通称ドミニコ会)の二代目総長となったジョルダン・ド・サクスが、ドミニコを知る人々に聞きながら記したものです。彼自身、生前のドミニコには短期間出会ったに過ぎません。説教者兄弟会の総長は、ドミニコがしたように兄弟たちを励ますために修道院を巡歴するので、彼はこの機会を利用して、自分もよく知らないドミニコ、後輩に是非伝えたいドミニコの姿を求めて目撃者たちに尋ね、これらを書きとめました。これが『説教者修道会創立史』で、説教者兄弟会に関する最初の記録です。前掲の列聖調査の証言に先立って書かれました。
これに続く資料として、説教者兄弟会士ペトロ・フェランドの『聖ドミニコ伝』及び『1203年から1254年までのドミニコ会史』があります。

今回は、これらの資料から読み取った聖ドミニコについて、説教者兄弟会士アレン・キリチ師が解説するところに沿ってご紹介したいと思います。

※註1
 ドミニコが教皇から、ローマのあちこちに住み、規則もはっきりしなくなっていた隠棲修道女たちを集め、指導するようにと委託されて、紆余曲折の末、1221年2月28日、サンシスト修道院に隠棲修道女たちを集めたときのひとりで、彼女はそのとき、17歳でした。
1223年、彼女は他の3人の修道女と共にボローニャの隠棲修道院設立のために派遣されました。その修道院でセシリア修道女が語ったドミニコの思い出を、字が書けなかった彼女に代わってアンジェリック修道女が書きとめたものが、今に伝わっています。
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プロフィール

聖ドミニコ女子修道会

Author:聖ドミニコ女子修道会
長い歴史があるキリスト教カトリックの女子修道会です。日本では、学校や幼稚園、児童養護施設でキリスト教に基づく教育をしています。また、教会、病院、黙想の家、その他でも<みことば>を伝えています。

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