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「聖ドミニコとはどんな方?」 5

「神の人」     シスター武田教子

柿1


   聖なる父はまた、観想によって神を観ている人であった。幸いなる父は、喜んで、しばしば祈りの場や、聖人の遺物のある場   を訪れた。彼は夜も昼も祈った。しばしば、機会があるごとに、彼はトゥールーズ教区の隣のアルビ教区にあるカストルという町  に行き、その教会に葬られていることが確かな福者ヴィンセント助祭を崇敬し、祈っていた。        ――(ヴィケール)
 
 兄弟ドミニコが主を愛していたことは疑いもありません。ここには福者の墓に巡礼に行くドミニコの姿が書き残されています。自分もこの殉教者のように命を懸けて主を愛することが出来るように、神への取次を願う巡礼です。これは彼が深く主に愛着していた姿のほんの一面です。
 ドミニコは深い信仰の人です。きっとお母様の影響が大きかったでしょう。彼はごく幼少の頃からキリストと親しく交わっていたと思われます。早くからキリストに自分の生涯を捧げ、司祭となったということだけではなく、その信仰心の深さは誰の目にも明らかで、人々は驚き、感動しました。皆がそれを言い、感嘆しています。ドミニコの列聖調査の際のアンケートにはこういう証言が多く残されています。
 彼は死後13年で聖人の列に加えられています。ということは、証言した人々は、ドミニコを個人的に知っていたわけであり、証言の信憑性は、ドミニコを知っていた多くの人々にとって疑いないことだったわけです。

     兄弟ドミニコは非常に修道的な人、私が今まで知った誰よりも修道的な人でした。私が知っている誰よりも、すべての人の    救いのために熱意を持っている人でした。        ―――― (兄弟ギョーム・ド・モンフェラ)
   
    一緒に旅行するとき、彼は祈ったり、説教したり、神を瞑想したり観想したりしていました。兄弟ドミニコは私に言いました。    「先に行きなさい、そして主のことを考えよう」。どこにいようとも、彼は常に神について、あるいは神と共に話していました。
                                     ―――― (兄弟ヴェニスのパウロ)

 人々が伝えるドミニコの面影には、神について誰かに話していないときは、最大限の時間、神と共に話していた非常に深い内的生活が表れています。このようにして兄弟たちを先に行かせて、自分は祈りながら歩いていたドミニコは、時に祈りに没頭してしまい、先を歩いていた兄弟たちが振り向いてみるとドミニコの姿が見えないので、今来た道を戻っていくと、茂みの中でひざまずいて祈りに専念しているドミニコを発見したこともありました。そこは狼が出ると恐れられていた場所で
したが、ドミニコはそんなことは一向に気にかける風もなかったということです。

 神と共にあるこの生活は、本当の愛の実である喜びに顕されていました。ドミニコは喜びに溢れた人という思い出を人々の中に残しています。他の人々の惨めさに対して非常に感じ易かったドミニコは、自分に関しては自分の中にお住みになる神以外の何も感じないかのようでした。兄弟ヴェニスのパウロは、ドミニコが「旅行で疲れていても、情熱に燃えているときでも、どんなときでも怒りや動揺、狼狽を表すのを見たことがありません。ドミニコは苦難の中にあってむしろ喜ばしげであり、逆境にあっては、忍耐強くいらっしゃいました」と言っています。

 この神から来る喜びの賜物は、彼の死後、特別な形をとりました。

 ドミニコの遺体は、兄弟たちの足の下に葬られたいという彼の望みに従って、祭壇の前、歌隊席はずれに掘った墓所に葬られました。数年後、手狭になった教会の拡張工事が始まり、それまでの教会を壊したので、ドミニコの墓は壁の外になってしまいました。しかも、その位置は新しい教会より低かったので、墓は晴天なら直射日光に曝され、雨が降れば水浸しという状態になってしまいました。
 これに心を痛めた兄弟たちは、新しい教会の中に墓所を準備しました。この転葬のとき、不思議な出来事がおこりました。

 転葬を聞きつけて、ボローニャの町の主だった人々を始め、多くの人が集まってきました。兄弟たちは、長い間劣悪な状態の墓の中で、雨や太陽の灼熱に曝されていたドミニコの体には虫がたかり、恐ろしい悪臭で列席者を悩ますのではないかと恐れていました。ところが事実は全く正反対で、墓から、それまで誰も嗅いだことのない芳香が漂いました。これは列席者全員の証言です。

兄弟たちは悪臭を恐れて、皆の前で墓を開きたくなかったのです。この芳香が溢れたことは、驚きであり、天からの印と見えました。ドミニコが地上で生きた喜びは、今、このよい香りとなって拡がり、これに触れた皆を喜びで満たしました。

 転葬の儀式(ミサ)が始まったとき、群集の間にざわめきが走りました。手足が麻痺して不自由だったイギリス人のローランという学生が、ドミニコの名を呼んで取次ぎを求めると、手足の自由を取り戻したのです。彼は喜びのあまり走り出しました。感動の渦が湧き、感謝と喜びが皆の心を満たしました。

 聖ドミニコの遺体から拡がった芳香は、神と共にあった彼の生涯の天からの確証のようです。彼は信仰と喜びのうちに生きました。彼は神と人に対する完全な愛を生きました。苦難の中にあっても喜びを知っていました。自分の中にある神の命で輝いていました。彼は死の後も喜びに輝き続けます。
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「青年の集い」

渡邉神父様 1

「青年の集い」 のご案内

テーマ 「わたしは道、真理、命である。」(ヨハネ14章6節)
指 導 渡邉 裕成 師(ドミニコ会)
日 時 10月31日(土)14時〜11月1日(日)15時
場 所 聖ドミニコ女子修道会「ドミニコの家」
     宮城県仙台市青葉区芋沢青野木257-1
対 象 青年男女(40歳まで) 若干名
締 切 10月24日(土)まで
申込先 聖ドミニコ女子修道会「ドミニコの家」
     TEL 022-394-4225 FAX 022-398-7986 
     シスター佐々木、シスター欠畑、シスター中村まで
     メールでの申し込みは Email  kyoto@dominic.or.jp

ご参加を心からお待ちしています。



プロフィール

聖ドミニコ女子修道会

Author:聖ドミニコ女子修道会
長い歴史があるキリスト教カトリックの女子修道会です。日本では、学校や幼稚園、児童養護施設でキリスト教に基づく教育をしています。また、教会、病院、黙想の家、その他でも<みことば>を伝えています。

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