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「聖ドミニコとはどんな方?」

「聖ドミニコとはどんな方」 15 「教会の人」  シスター武田教子

復活祭

 「教会の人」とは、何を意味するのでしょうか? 聖ドミニコは13世紀、教会に今まで存在しなかった形の使徒職グループ、「説教者
兄弟会」を設立しました。異端と対決していた教会の中での組織の改革です。

 往々にして改革者はその組織を出て外から批判します。あるいは自分から出ないでも、出されてしまいます。しかし、ドミニコはいつも教会と自分の会のただ中に留まり、教会全体を新しい道に導き入れました。

   フルク司教が公会議に出席するためローマへ向かって出発すると、兄弟ドミニコも彼と共に旅立った。そして両者合意の上で   インノセント教皇に、兄弟ドミニコと彼の仲間たちのために説教者兄弟会と名乗る修道会を認証することを願った。
                                                     ―――(ジョルダン・ド・サクス著、リベルス)

 聖ドミニコの会と説教はこうして決定的に「教会のただ中」に位置することになりました。説教者兄弟の説教は個人的な仕事ではなく、使徒たちの土台の上に据えられたものであり、ですから彼らは使徒たちの後継者で、ペトロの後継者である教皇との交わりの中にある使徒たちの説教に基礎を置くものです。ドミニコは教会の名において話します。

 会の出発点からすでにドミニコはトゥ―ルーズの司教と共に行動しました。司教はドミニコに対して賛意を表明し、生活手段を付与しました。

 神と人とに愛された兄弟ドミニコに深い愛情を寄せていたトゥ―ルーズのフルク司教は、兄弟たちが修道的規律を遵守し、熱   心に素晴らしい説教をするのを見て、この新しい光の曙に歓喜した。そこで司教は、彼らが書物やその他必要品を整えること
   ができるように、参事会の同意のもとに、司教区の全十分の一税の六分の一を与えた。―――(ジョルダン・ド・サクス前掲)

 兄弟ドミニコとその仲間たちに説教のための最初の教会を与えたのも、この同じ司教です。このような次第ですから、トゥ―ルーズの司教がローマで行われる公会議に行かなければならなくなったとき、ドミニコを伴ったということは驚くに当たりません。ドミニコはキリストの教会と真に交わるものであろうしました。なぜなら、正真正銘使徒たちの伝統の中に身を置かずに福音を説教する者は、自分自身を説教したり、間違ったりする危険があるからです。

 説教者兄弟たちは、創立者の後に従い、その精神を持って、自分たちの生活は全くキリストの教会への奉仕に捧げられたものであると考えています。彼らの役務はキリストが教会に託されたもの、人々の救いです。兄弟たちは自分たちの祈りを勤めとして、すなわち、教会への奉仕として、また、教会が主に願うすべての意向のために、堅忍と忠実さのうちにやり遂げなければならない真の職務として果たします。このようにして、全生涯は教会生活となるのです。

 会の創立当初から、聖ドミニコと兄弟たちが教会の中で受けているこの使命を表すひとつのイメージがあります。

神の僕ドミニコがローマにいたとき、神の摂理によって生まれた会を守り、発展させてくださるようにと聖ペトロ大聖堂で祈って   いると、神の手が彼の上に置かれた。ドミニコは栄光に包まれたペトロとパウロが現れるのを見た。ペトロは彼に杖を、パウロ   は聖書を渡した。そしてふたりは言った、「行って説教しなさい。神はあなたをこの役務のために選ばれたのだから」。その瞬    間、ドミニコは兄弟たちがふたりずつ組になって、人々に神のみことばを告げるために、世界中に散って行くのを見た。
                                                                  ―――(ヴィケール)

 このイメージが示すことは歴然としています。聖ドミニコは、今創立しつつある会、使徒たちの行動を引き継ぐことを使命とする会のために祈っていました。祈りの中で、教会の二本の柱、ペトロとパウロの姿が現れます。ドミニコはふたりのカリスマに突然捉えられ、行脚説教者のふたつのしるし、杖と聖書を渡され、福音書にある、行って説教しなさいとの命令を聞くことによって、彼の洞察を確固たるものにしました。

 教会を社会学者の基準に従って分析するなら、それは間違いです。教会の真の性格は単に人間的な考察で捉えることはできません。教会はキリスト自身の秘儀に参与しています。キリストがまことの神、まことの人であるように、教会(註9)の現実は人の世界の現実であると同時に神の世界の現実です。

 聖ドミニコは、教会の中で生きていました。それはちょうど自分の家族の中で生きているのと同じです。彼は命のつながりで教会に結ばれていました。彼は教会から命を受けたので、当然のこととして教会に奉仕しました。しかし彼は完全に忠実であると同時に教会への奉仕の仕方の中に新鮮さをもたらしました。彼の忠実さは創造的です。ドミニコは、最も深い祈りの深奥の躍動から、最も組織的な決定に至るまで、キリストの教会との交わりの中で、キリストと共に生きていました。

 ドミニコの後に従いたいと思う者は、教会への愛着の中で、自分の生き方をよく吟味し、今、自分に託されている使命を読み取らなくてはならないでしょう。

(註9) 「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイによる福音書18章20節)

どくだみ1
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プロフィール

聖ドミニコ女子修道会

Author:聖ドミニコ女子修道会
長い歴史があるキリスト教カトリックの女子修道会です。日本では、学校や幼稚園、児童養護施設でキリスト教に基づく教育をしています。また、教会、病院、黙想の家、その他でも<みことば>を伝えています。

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