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「聖ドミニコの生涯」 

「聖ドミニコの生涯」 勉学 2 シスター武田教子

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 14才になると、ドミニコは叔父の教会を離れて更に上の学校に行く。当時のカスチリア地方で高等教育を受けるといえば選択の余地はなく、パレンシアが唯一の学問の中心であった。数年後(1208〜1214)ここにスペイン最初の大学ができること、更にはそれがヨーロッパ最初の王立大学になるということは、それに先立つパレンシアの学校の程度の高さを示す。十二世紀、パレンシアはこの地方の中心都市であった。肥沃な田園の中心地、王の居城のそばであると同時にカスチリア地方の精神的中心地でもあった。若いドミニコは、そこで何を学んだのであろうか?
 1150年頃記録されているプログラムによると、まず入門として文法と作詞法、歴史、修辞学を学ぶ。次に論理学を学ぶ。そうした上で、学問そのものに入る。まず物理学、医学、航海学、錬金術。次に数学、算術、幾何学と光学、音楽、天文学。最後にあらゆる学問の最高を飾るものとして形而上学を学ぶ。しかし、当時のパレンシアでは、これらすべてが完璧に実施されていたというよりも、むしろまだ伝統的自由七学科(文法、修辞学、弁証学、算術、幾何、天文学、音楽)の域をそう出ていなかったであろう。そしてドミニコは、文法、弁証法の後には哲学に力を入れ、他のものについてはそんなに時間をかけずに終わったのであろう。「彼はそれで十分だと判断すると勉学をやめた」と当時のドミニコの友人は語っている。一般には七年位かけているこれらの勉強を、ドミニコは六年位で終えたらしい。
 
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聖ドミニコ女子修道会

Author:聖ドミニコ女子修道会
長い歴史があるキリスト教カトリックの女子修道会です。日本では、学校や幼稚園、児童養護施設でキリスト教に基づく教育をしています。また、教会、病院、黙想の家、その他でも<みことば>を伝えています。

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